「歩行能力の改善」問題めぐり識者指摘 「制度の根幹にかかわる」(2018.12.20)
届出が受理された機能性表示食品のヘルスクレーム(届出表示)に関し、薬機法(医薬品医療機器等法)に触れるおそれを厚生労働省が消費者庁に指摘し、既存届出に遡る形で届出の自主的撤回が相次ぐという前例のない事後規制。14日、届出の事前確認などといった機能性表示食品の届出支援を手掛ける日本抗加齢協会が大阪で開催した学術フォーラムでも、俎上に上げられた。
懸念される判例化
『今後の健康食品を考える』と題したシンポジウムのパネルディスカッション。「顔ぶれ的に聞きたいことがある」などとして口火を切ったのは座長だった。同協会の副理事長であり、政府の規制改革推進会議委員も務める森下竜一氏である。
パネルディスカッションに登壇したのは他に、消費者庁から食品表示企画課長、表示対策課食品表示対策室長。業界からは健康食品産業協議会の木村毅会長(味の素常務執行役員)、ファンケルの宮島和美副社長、森下仁丹の駒村純一社長の計6名。共同座長を務めた駒村氏以外の5名は20分ほどの講演も行った。
森下氏が投げた事実関係を尋ねる直球に対し、食表課長は「公式見解」と断わった上で次のようにコメントした。
「届出ガイドラインとの整合がまずある。食品と医薬品は別物であり、医薬品と誤認されるようなものは届出表示文言として不適当」
届出ガイドラインでは2015年の制定時から、「疾病の治療効果又は予防効果を暗示する表現」は、機能性表示食品制度では認められないと規定してきた。かといって個別具体的な「NGワード」が明記されているわけではないが、当然のことながら、医薬品と誤認されるような文言を機能性表示食品のヘルスクレームに盛り込むことは認められていない。
「そうしたルールの中で我々は、歩行能力の改善について本当にいいのかどうかを、制度を所管している立場でいろいろ意見を述べさせていただいている」とも食表課長は述べ、歩行能力の改善の文言をヘルスクレームに含む届出を行っている事業者との間で、話し合いの場を持っていることを示唆した。
しかし、その表示が医薬品と誤認されるか否かの判断は、科学的に検証しづらい面がある。無論、今回持ち上がった問題は、医薬品を定義し規制する薬機法を所管する厚労省の判断に端を発したものであり、その時点で勝負はついていると言えるが、一般論として、その表示を見る人によって受け止め方が異なると考えられるためだ。
そのためか、食表課長のコメントに対し森下氏は、「(受理後に)販売されている商品に対して後からこういうことが起きるのは、予見性の問題も含め、制度の根幹にかかわる」と指摘。この制度の根幹の一つである事後規制は、その予見可能性が取り締りを受ける側に担保されているからこそ成り立つという意味だろう。
一方、森下氏からコメントを求められ産業協議会の木村氏は次のように述べた。
「届出時点では(同じ文言を持つ)医薬品は存在しない一方で、事後に同じ文言を持つ医薬品が出てきた場合、遡って薬機法違反とされてしまうのか。そこは整理いただきたい」
木村氏が所属する味の素が届出および販売中の機能性表示食品「アミノエール」のヘルスクレームにも〝歩行能力の改善〟の文言が含まれる。その中で、業界団体トップとして業界全体への影響に懸念を示したかたちだ。
この懸念は業界全体で共有すべきものといえる。医薬品の効能効果とヘルスクレームの文言が一部重なることだけをもって医薬品該当性を判断するかのような、厚労省による今回の判断が判例となってしまえば、懸念が現実のものとなりかねない。この日のパネルディスカッションを聴講した業界団体幹部からは次のような意見も聞かれた。
「最近は医薬品の効能効果も規制緩和されていて、中には機能性表示食品と見紛う効能効果も見受けられるが、事後に『あの機能性表示食品のヘルスクレームは医薬品と誤解される』などと指摘されても困る。まさに〝後出しジャンケン〟だ。そうならないようにするための措置を業界として講じておく必要がある」
悪質事例ではない
今回の問題への現時点での対応策はあるか。少なくとも出来ることは、今後の届出にあたり、既存医薬品の効能効果表現との同一性を厳しくチェックすることだろう。森下氏は講演で、日本抗加齢協会で手掛ける届出の事前確認において、そうしたチェックリストを新たに用意する考えを明らかにした。
一方で、そもそも制度ルールに課題があると指摘する意見も上がった。
「撤回ではなく変更で済ます措置を講じられないものか。例えば、『改善』はダメだが『維持』なら許されるというのであれば、維持に変更できる(という措置)。(今回の問題は)撤回するほどの悪質な事例ではないと思うが、今後も同じようなことが起きる可能性がある」
こう述べたのは森下仁丹の駒村氏。届け出たヘルスクレームを変更する場合はいったんその届出を撤回し、新たに届け出る必要がある。それが現行の制度ルールだが、そこにこそ問題があると森下氏は述べた。
「撤回しか(選択肢が)ないところに問題がある。軽微な変更であれば、機敏に対応できる仕組みがあると事業者ももう少しやりやすい。根本的なエビデンスが違う(届出表示と科学的根拠の不一致)とかそういう話ではないのであれば、(別の)アイデアはあるように思う」
こうした指摘に対し、食表課長はこう応じた。
「駒村社長のお話の内容は、多くの他の関係の方からもいただいている。(届出の)中身(が変わる程度)の軽重に応じてということが大前提になるが、どこまで何ができるのか。予断をもっているわけではないが、少し考える必要があると思っている」
今回の問題は、消費者にリスクがあるとはほとんど思われないもの。健康被害が発生したわけではなく、医薬品成分が検出されたわけでもない。あくまでも薬機法の視点に立った表示の問題とみられている。だからこそ、問題が届出撤回にまで発展したことに業界は衝撃を受けた。
加えて、業界には、ヘルスクレームも含めて「事前チェック」を受けているという考えがある。それにもかかわらず薬機法に触れるおそれを厚労省から突き付けられた衝撃も大きい。
しかし、今後は考え方を少し変える必要がある。食表課長が次のように述べているためだ。
「表示の適正について書類確認する際、基本的にはエビデンスの中身にはあまり立ち入らない。エビデンスそのもの、論文そのもの、また、判断が分かれるようなところについては、我々としても抑制的にやっているところがある。そういうところが回り回って、今のような状況になっているのかもしれない」
届出者がおそらくそうであったように、「歩行能力の改善」の文言を効能効果表現に含む医薬品が存在するかどうかまでは──「改善」の文言を巡り判断が分かれるようなことはあったかもしれないが──消費者庁もおそらく確認していなかった。業界はいま一度、この制度の根幹には「事業者責任」が大きく横たわっていることを噛みしめる必要がある。