免疫表示と制度の行方 「免疫調整」考えられる(2020.7.23)
2015年4月1日に施行された機能性表示食品制度は今年4月で丸5年が経過した。機能性表示食品を巡る施策を事実上主導してきた森下竜一氏(大阪大学大学院寄附講座教授)は昨年、任期満了で規制改革推進会議の委員を退任。それに伴い、機能性表示食品の主戦場は、これまでの規制改革推進会議から、同氏が戦略参与を現在務める国の健康・医療戦略本部に移っている。そのなかで先ごろ閣議決定された第2期健康・医療戦略に盛り込まれた「機能性表示食品等における免疫表示の実現」の文言。本当に実現するのだろうか──森下竜一氏に「免疫表示」の実現の可能性、そして機能性表示食品制度の今後を尋ねた。(取材は7月13日、オンラインで行った)
──さて、今年3月に閣議決定された第2期健康・医療戦略には「機能性表示食品等について免疫機能の改善等を通じた保健用途における新たな表示の実現」という文言が明記されています。業界の期待も大きいのですが、まず、ずばり「免疫」という言葉が使えるようになると考えてよろしいのでしょうか。
「もちろん、『免疫』という言葉を使う方向で考えています。実際の届出を見てみないと何とも言えませんが、例えば『免疫を調整する』というような文言が考えられるのではないでしょうか。いずれにしても重要なことはアウトカムを整理すること。科学的なエビデンスが、〝健康の維持及び増進に資する特定の保健の目的〟としての『免疫』という言葉にリンクできるのであれば、消費者庁もアカデミアも納得させられると思います」
食品機能の枠組 自然免疫が妥当
──つまり、届出ガイドライン改正などを行わず、現行のままで、「免疫」という言葉が表示できるようになる。
「はい、現行の届出ガイドラインの範囲内で十分可能と捉えています。トップバッターとして、どのような素材がどのような表示、科学的根拠をもって出てくるのかは分かりませんが、最初の届出はそう遠くない期に出てくるのではないでしょうか。ちなみに年内に出てきても何の不思議もありません」
「しかし、一方で、1つの届出事例だけで終わってしまうと、業界全体を考えると少し寂しいかなと。これは個人的な希望でもありますが、1つの事例として免疫表示を可能にするのではなく、『こういうケースは免疫という言葉を表示してもいいですよ』という汎用的な基準を作る必要があるのではないかと思います。ここは業界側にぜひ頑張ってもらいたいと思います」
──具体的にどのような科学的根拠が考えられますか。
「免疫には大きく分けて、最初の段階でまず汎用的に対応する自然免疫と、過去に被爆した経験から得られた抗体などが働いて個別かつ強力に対応する獲得免疫の2つがあります。ワクチンは後者の獲得免疫を使って開発されますし、医薬品などの開発やそのほかの作用などを総合的に考えてみると、食品の機能性表示の範疇としては、まずは自然免疫の部分と考えます」
「自然免疫では、さまざまな免疫細胞が病原体の殺傷や貪食によって免疫機能を発揮するだけでなく、インターロイキンやインターフェロンなどのサイトカインを産出することによっても免疫機能を発揮している。いろいろな食品素材には、そういった一連の免疫機能を複合的に亢進させることが分かっていますから、ここをきちんと科学的に説明できれば『食品の免疫調整機能』の科学的根拠に十分なると思います」
「しかし、先ほども申し上げましたが、問題はあくまでもそれらのメカニズムがアウトカムときちんと結びつくか。免疫表示の実現は、科学的根拠の構築よりもアウトカムの構成にかかっている。その意味でEFSA(欧州食品安全機関)の議論は、参考になると思っています」
ビタミン類、現制度下では困難
──今回の免疫の件に限らず、機能性表示食品の科学的根拠のデータがRCT絶対主義になっているところが気になります。
「確かに、食品の中にはプラセボを置けないケースもあります。科学的にきちんと説明できれば、プラセボが同じ食品でなくてもいいのかもしれない。機能性表示食品制度では疫学研究も対象としていますので、いくつかの試験系を組み合わせて証明するのも方法の1つです。しかし、前後比較試験のデータだけではアカデミアのコンセンサスを取ることは難しいのではないでしょうか」
「今後は科学的エビデンスとして事業者側と消費者庁で意見が合わない場合は、第三者の仲裁機関『エビデンス評価委員会』での議論になる可能性も出てくるかもしれません。ここは業界の英知を結集して、この免疫表示を機に「食品の評価試験モデル」を作ってほしいと思います」
──免疫といえば、まずはビタミンDをはじめとするビタミン類が候補に挙がると思います。
「今回の新型コロナウイルスを巡りビタミンDなどの免疫効果が話題になっていることは十分承知しています。しかし、残念ながら、現状の日本の制度において、ビタミンなどの『免疫』表示を実現させることは簡単ではないと思います」
「理論的には、栄養機能食品制度を見直す、あるいは機能性表示食品制度の中に取り込むといった2つの方法が考えられると思いますが、どちらにせよ、それぞれの制度を取り巻く環境やその歴史を総合的に考えてみると、まだ難しいという結論にならざるを得ないと思います」
制度、完成形に近い
──さて、2015年4月1日に機能性表示食品制度が施行されてから丸5年が経ちました。改めてこの5年を振り返ってみて下さい。
「時間の経つのは早いですね。2013年に規制改革会議で『一般健康食品の機能性表示を可能とする仕組みの整備』が議題に上がってから7年、そして機能性表示食品制度が施行されてから5年が経ったということです。その間にもいろいろなことがありましたが、改めて制度を見直してみると、いよいよ完成形に近づいたのではないかと思います」
「施行当初は、『消費者庁の対応が厳しすぎて制度がなかなか動かないのではないか』『厚生労働省からの横槍が入るのではないか』などといったような、さまざまな心配を抱えながらの船出だったと記憶しています。しかし、実際に制度が動き出してみると、予想に反して消費者庁や厚生労働省から、制度ができるまでも、そして制度ができてからも、制度が上手く運用できるよう、さまざまな方面で協力をいただいたのも大きかった」
改正に次ぐ改正 使い易い制度に
──制度を固定せず、改正ありきでスタートしたことも功を奏したと思います。
「おっしゃる通り。規制改革会議や規制改革推進会議で、しつこいといわれながらも(笑)毎年ずっと議題として取り上げ、都度、事業者にとってより使いやすい制度に修正し続けてこられたことが今となっては大きかった。その結果、事業者の方々が比較的満足できる制度が出来上がったのではないかと思っています」
「制度の施行時には対象外であった『糖質・糖類やエキス』が機能性関与成分として加わったり、Q&A(質疑応答集)が新たに加わったり、生鮮食品に関してもポップでの機能性表示が可能になったりと大きな改正がいくつも実行され、ガイドラインも既に5回も改正されました」
「軽症者データの取り扱いに関しても、『アレルギー』『尿酸値』『認知機能』に軽症者データが使えるようになりました。軽症者データの活用に関しては現在、範囲をより拡充するために、排尿や更年期、肌などの分野における軽症者データ活用を業界側が検討していると聞いています。今後、業界団体側が要望を取りまとめ、消費者庁と議論していくのではないかと思います」
──今年施行された「事後チェック指針」(機能性表示食品に対する食品表示等関係法令に基づく事後的規制の透明性の確保等に関する指針)はある意味、この5年間の集大成ではないかと思います。
「事後チェック指針の中に折り込まれた『科学的エビデンス』と『広告規制』の部分は、まさに最後まで残った課題でした。しかし、ここも消費者庁が非常に協力してくれた。科学的エビデンスや届出の事前チェックに関しては日本抗加齢協会と健康食品産業協議会が中心に、一方の広告に関しては日本通信販売協会と日本健康・栄養食品協会が中心になって運用していくといったように、業界団体が上手に役割を分担して制度運用に参加できる枠組みが出来上がりました」
「新型コロナウイルスの関係で中断されていた消費者庁と業界団体との実務者会議も間もなく再開されると聞いています。ですからここから先は、機能性表示食品制度の運用において大きな壁はないのではないかと楽観視しています」
民間主導の方向性 ここにきて明確に
──以前、森下先生が「ボールは業界側にある」とおっしゃられたことが思い出されます。
「ここにきて機能性表示食品の公正競争規約の策定に向けた動きが出てきたり、エビデンス評価委員会が出来たりと、健康食品業界が自ら制度を運用できる体制が整えられたりしました。もともと主眼に置いていた民間主導という方向性が明確になってきたことが大きい。これは非常にいい流れで、業界関係者の方々の努力と関係各官庁の協力のたまものだと思います」
──トクホに関しては日健栄協が公正競争規約を一足先にスタートさせました。疾病リスク低減範囲拡大に向けても動き出しています。
「トクホの公正競争規約に関しては、日健栄協には業界の老舗団体として運営していただければ、後から続く機能性表示食品の公正競争規約にとっても規範となりますから非常にいい流れだと思います。トクホに関しては今後、疾病リスク低減の方向へさらにスライドしていくのではないかと思われますので、2つの制度の違いは今後さらに明確になってくるのではないでしょうか。トクホは日健栄協が一元管理、一方、機能性表示食品は産業協議会を中心として業界関連5団体が管理するという棲み分けもはっきりします」
──機能性表示食品は届出総数で3000件を超え、市場規模も3000億円という試算もありますが、今後の市場成長をどう見ていますか。
「少なくとも、現状のトクホと同じ6000~7000億円の市場規模(20年4月時点6493億円=日健栄協調べ)までは届くのではないでしょうか。企業の自主的な努力が制度に映されていて、いろいろな新しい素材の臨床試験もどんどん進んでいると聞いていますから、まだまだ新しい素材が出てくる。さらに、免疫表示がどんどん出てくるようになれば、機能性表示食品制度全体が伸びてくる。それに伴って、さらなる健全化も進むのではないかと思います」
ワクチン、来春本格供給目指す
──最後に、今回のお話しとは全く別の話ですが、現在森下先生が主導されている新型コロナウイルスワクチンの進捗状況を教えて下さい。
「ワクチン開発を主導しているアンジェスを中心とした企業連合体と大阪府、大阪市、大阪大学等が『予防ワクチン・治療薬等の研究開発に係る連携に関する協定』を4月14日に結び、産官学で新型コロナウイルスワクチンの開発に取り組んでいます。6月30日から臨床試験に入り、10月あるいは11月から本格的な臨床試験、そして21年春には本格供給ができるようになる予定です」
「海外ではモデルナ社を始め、いくつものワクチン開発が同時並行で進められていますが、やはり、国産ワクチンを持つということは今後いろいろな意味で非常に重要になる。その責任を十分感じていますから、誠心誠意、国産ワクチンの開発にも全力を注いでいく考えです」
【写真=大阪大学寄附講座教授 森下竜一さん 1962年生まれ。大阪大学大学院医学系研究科寄附講座教授(臨床遺伝子治療学)。健康医療戦略本部戦略参与。昨年まで規制改革推進会議(前規制改革会議)委員として機能性表示食品制度の創設、運用改善に携わる。現在、新型コロナウイルスに対応するワクチンの開発を大阪大学などと共同で進めている。】