ロコモ予防と食の関係 整形外科の最新視点 (2020.10.8)
ロコモティブシンドローム(運動器症候群、以下、ロコモ)。骨・関節・筋肉・神経などの運動器の障害によって移動能力が低下した状態を指す。進行すると、将来介護が必要になるリスクが高くなる。公益社団法人日本整形外科学会はロコモを2007年に提唱、その正しい知識などの普及啓発を推進してきたなかで、このほど、ロコモ判断基準に「ロコモ度3」を新たに設定、公表した。同学会がロコモ啓発のために設立した「ロコモ チャレンジ!推進協議会」の大江隆史委員長(NTT東日本関東病院 副院長/整形外科部長)にロコモ度3の意味、そして、ロコモ予防と食の関係に関する学会の考え方などを聞いた。
──ロコモ判断基準にロコモ度3を設定した理由を教えて下さい。
「日本整形外科学会(以下、学会)では07年秋に『ロコモ』を提唱し、現在まで様々な普及・啓発活動を行ってきた。10年には『ロコチェック』、13年には『ロコモ度テスト』をそれぞれ提唱し、15年には移動機能の低下が始まっている状態をロコモ度1、移動機能の低下が進行している状態をロコモ度2とする『臨床判断値』を設定した」
「そしてこのほど、新たにロコモ度3を設定した。ロコモ度2よりも症状が進行し、移動機能低下のために社会参加が制限され、自立した生活ができなくなるリスクが非常に高くなっている状態。運動器疾患の治療が必要で整形外科専門医の診療を推奨するレベル。運動器疾患が原因の要介護者は152万人と言われており、そのリスクが高くなっているロコモ度3の該当者は580万人と推計された。ちなみに、40歳以上の日本人でロコモ度1以上の該当者は4590万人」
「ロコモ対策では、ロコモが進行した場合ケースバイケースで対応が変わるため専門家の判断が非常に重要で、早めに診断できれば治療効果もあがる。その意味でもロコモ度3の設定は今後大きな意味を持ってくる」
協議会、門戸を開く 多くの企業で活動へ
──ロコモの知識や予防に関する普及・啓発は「ロコモチャレンジ!推進協議会」が行っています。
「08年に日本ロコモティブシンドローム研究会という組織を作り、2年かけて準備を行い、それを発展的に改変し、10年に『ロコモ チャレンジ!推進協議会』を立ち上げて現在に至る。第二次健康日本21では、22年度までにロコモの認知度を80%にすると明記されているが、まだ届いていない。早い段階で50%にまで引き上げたい」
「ロコモの普及には、まず学問的にしっかりとした礎を作ることが大事だった。そのため、当初は学問的な正確さを優先させるため門戸を絞ってきたが、ロコモの基本的な部分は固まってきた。これからはより多くの企業さんに協議会に加わっていただき、普及活動に今まで以上に力を入れていきたい。ぜひ、健康食品関連の企業さんにも『ロコモのPR活動を応援する』といったスタンスで加わっていただけると嬉しい。そのために、今年からパートナー以外にサポート会員も設定した」
─―ロコモとフレイル、サルコペニアの関係性が分かりづらいように思います。学会ではどのように考えていますか?
「19年6月に日本医学会連合で『超高齢社会における医療の取り組み―ロコモ・フレイル・サルコペニア』というシンポジウムが行われ、その後、医学会連合内に『領域横断的なフレイル・ロコモ対策の推進に向けたワーキンググループ』が立ち上がった。日本整形外科学会と日本老年医学会を中心に、日本サルコペニア・フレイル学会、日本運動器科学会の各学会のトップが一堂に介し、フレイルとロコモの関係を明確にすることを目的に話し合っている。19年12月からすでに4回の話し合いが行われた。22年3月までにステイトメントを出すことが決まっている。多くの学会を巻き込んだ大きな動きになるかもしれない』
ロコモ対策、食は重要 WGで啓発活動
──ロコモ予防対策における食事の役割について。
「食事はロコモ対策の中でも非常に重要な要素の一つ。協議会の活動でも、栄養の専門家の方々に加わっていただいて、WGを作って食事に関する啓発も行っている。せっかくロコモの体操をしても、タンパク質をとらないと逆に筋肉は減ってしまう。高齢者は食全体が細くなるので十分量のタンパク質を摂ることは難しい。例えば、ゼリー状の補助食品等を活用することも重要だ」
「また、ビタミンDはロコモ対策にとっても非常に重要だ。食事摂取基準では日光による合成量が加味されているものの、住んでいる場所や生活環境によって合成量には大きな差が出る。特に女性は日焼けしたくないので日光に当たらない。さらに、ビタミンDが含まれる食材の種類も限られるし、量も十分ではない。不足分はサプリメント等で積極的に摂取するべきと考える」
「食事では『何を食べるか』と『どのように食べるか』が重要だが、多品目を摂取した人ほど筋肉や歩行速度の低下が少ないということが分かっている。そこで、多品目を摂取するべきだと言うことを分かりやすく伝えるために、『さ・あ・に・ぎ・や・か・に・い・た・だ・く』という言葉にまとめて啓発を始めている(=別掲図)。これを参考にしていただければ、高齢者も手軽に多品目を摂取できると思う」
──ロコモ予防のためには筋肉も大切だと思います。整形外科医にとって筋肉とは?
「筋肉の研究は非常に遅れている。サルコペニアとは筋肉の力、筋力と筋肉の量、筋量の両方が全身的に減ってしまうことで、近年疾患としてとらえられるようになった。サルコペニアに対して筋力は運動や食事でリカバーできるが、筋量は現在のところ増やせず、なぜ筋量を増やせないのかは分かっていない。一方、脳の命令が伝わらないと筋力は減るし、脊椎管狭窄症や膝関節症等の疾患のため使われない部位の筋力も減る。これらは神経の治療や関節の手術で治る。もちろん術後には十分な栄養が必要だ」
「サルコペニアは原因もほとんど分かっていない。ただし、20年位前までは骨粗しょう症も機序などがほとんど分かっていなかった。しかし、研究が進んだことで、今では治療法も確立され、医薬品もどんどん出てきている。おそらく、筋肉の研究もこれからそうなるだろう。医学研究の最後のフロンティアかもしれない」
【写真=左:おおえ・たかし 日本整形外科学会整形外科専門医・指導医、日本手外科学会手外科専門医。1985年3月東京大学医学部医学科卒。2010年日本整形外科学会「ロコモ チャレンジ!推進協議会」委員長就任。15年NTT東日本関東病院手術部長(~現在)、18年同整形外科部長(同前)、20年同副院長(同前)】
【写真=右:食生活の観点からもロコモ対策を啓発・・・「ロコモ チャレンジ!推進協議会ホームページ」より。https://locomo-joa.jp/check/food/】