「漢方食品で未病対策を」 食薬区分の見直し必須
インタビュー 慶應大学医学部教授 渡辺 賢治氏
(2014.9.25)
厚生労働省が8月に公表した2013年度の概算医療費は39.3兆円。11年連続で過去最高額を更新した。医療費抑制に向けて予防医療ニーズが一段と高まる中で、渡辺賢治・慶應大学教授は今年5月に設立された一般社団法人漢方産業化推進研究会(事務局・三菱総合研究所)の代表理事に就任。漢方の産業化によって未病対策に乗り出す。(聞き手=本紙編集委員・小野貴史)
――漢方産業化推進研究会を発足させた意図は何でしょうか。
「日本を持続可能な国にすることが趣旨だ。例えば医療費の抑制には病気にならない“未病対策”が必要だ。あるいは耕作放棄地や荒れた森林が増えると生態系が破壊され、河川が汚れて近海漁業の漁獲量減少などの影響を及ぼす。これらの問題を解決するツールが漢方である」
「高齢者に耕作放棄地で薬草を栽培してもらえば、生薬産業の育成、働くことによる健康維持、耕作放棄地の減少などにメリットが生ずる。そのためには漢方を産業化する必要があるが、縦割り行政が障害なので、民間で動いた方が早いと判断して、研究会を発足させた」
――川上から川下までのバリューチェーンの構築による産業化が示されていますが、どのような仕掛けで進めるのですか。
「研究会主導で大手企業が統括してチェーンを構築するようなシナリオは描いていない。研究会の会員企業同士で接点を見出し合ってチェーンを構築していくことになるだろう。会員同士に委ねた方が、いろいろな化学反応が起きて産業化にプラスと考えている」
――薬草を使用した健康食品と化粧品で8兆6000億円産業に育てる構想を掲げました。算出根拠を教えて下さい。
「この数字は夢でもある。漢方薬や健康食品ではトレーサビリティーのしっかりしたメイドインジャパンの信用力が高い。中国の富裕層は日本製の漢方を好んでいる。研究会は健康食品のアジア各国への輸出を促す方針だが、8兆6000億円は輸出額を含めた金額である」
――産業化の推進ではエビデンス取得のあり方が問題になりませんか。
「ハワイ移住の日系人に大腸ガン罹患者が多いことは、移住して数十年後に判明した。長年の生活習慣に因果関係があるからだ。未病対策の健康食品の効果も、摂取してすぐに効果が判明することはないだろう。この現実を踏まえ、エビデンス取得の手法を開発する必要がある」
――新産業創出には既存事業者の底上げだけでなく、ベンチャー企業の台頭が欠かせません。漢方ではいかがでしょうか。
「すでに植物工場などでベンチャー企業の芽は出始めている。他業界からベンチャー企業が漢方に新規参入して、続々と化学反応が起こり始めている。この分野で伸びていくのは確かな栽培技術を持っている企業だろう。LED技術なども薬草栽培に関わるが、あくまで栽培の手段にすぎない」
――日本での薬草栽培について、中国と地質が違うので中国産と同品質の薬草栽培は難しいとの意見があります。
「日本は生物多様性が豊かで、実は漢方薬草の資源国でもある。奈良県宇陀市の森野旧薬園では1700年代前半から約250種類の薬草が栽培されている。栽培技術を駆使すれば、あらゆる薬草を高品質で栽培できる」
――健康食品に向けた薬草産業を育成するには食薬区分の見直しが必要と指摘していますが、何が問題なのでしょうか。
「二百数十種類の薬草が食薬区分に登録されているが、医薬品リストにも非医薬品リストにも区分されてないブランクの薬草が多い。その区分と、非医薬品リストにある薬草の食品への明確な使用許可を検討する必要がある」
――産業化への関係省庁の動きはいかがですか。
「農林水産省は薬草生産者と生薬メーカーのマッチングなどで熱心にサポートしてくれている。しかし厚生労働省の動きが鈍く、もっと積極的に関わってほしい」
――健康食品・サプリメントメーカーへのメッセージはありますか。
「我々医師はお金目当てに医療に従事しているのではない。患者さんに健康を回復してもらうことに対して、使命感をもって取り組んでいる。健康食品・サプリメントメーカーも医療従事者と同じ目線で事業に取り組んでほしい。未病促進の観点から日本は健康食品・サプリメントに頼らざるを得ない社会になっていく。この分野で志をもって良質な商品を供給すれば、必ず利益は後からついてくる」