検証 疾病リスク低減表示 企業が望む表示の実現を (2021.2.11)


 食品あるいは食品成分と疾病の関係に直接言及できる疾病リスク低減表示制度の今後の運用を巡る検討会が進んでいる。現在、日本で認められている疾病リスク低減表示は、国が基準を定めた2種類にとどまる。欧米などの海外諸国と比較して相当限定的だ。企業の制度活用もほとんど進んでおらず、検討会が立ち上げられた背景には、制度が使われていない現状を改善する目的もある。ただ、疾病リスク低減表示を認めるかどうかは諸外国でも慎重に判断している。制度の運用改善は一筋縄ではいかない。

最上位制度 しかし活用されず
わずか2種類 表示申請ゼロ
 「疾病の予防」という医薬・医学領域の用語を食品に用いることを認めるのが疾病リスク低減表示。食品領域から逸脱した表示ともいえるが、国際的に合意が得られている。

 食品の国際規格であるCODEXでは、食品の機能性表示を、①栄養機能表示②その他の機能表示(構造・機能表示)③疾病リスク低減表示の3つに分類している。それを踏まえ、日本はじめ米国や欧州、カナダなどの先進諸国は、食品の機能性表示の一類型として疾病リスク低減表示を制度化。「ビタミンDと骨粗しょう症」など疾病との関係に直接言及するだけに、食品の機能性表示の最上位に位置づけられる。

 日本で疾病リスク低減表示の運用が始まったのは2005年からだ。厚生労働省が主催した「健康食品に係る今後の制度あり方検討会」で、疾病リスク低減表示の容認が提言された。これを受けて疾病リスク低減表示の基準等の策定に向けた研究が実施され、「カルシウムと骨粗しょう症」と「葉酸と胎児の神経管閉鎖障害」の2種類に関して表示内容などの基準が策定された。

 これに基づき、国の許認可が個別製品について必要な特定保健用食品(トクホ)の一類型として、疾病リスク低減表示の運用が始まることになった。疾病リスク低減表示トクホ以外の食品について疾病リスク低減表示を行うことは一切許されていない。

 だが、現在までに企業の制度活用が進んだとは言い難い。トクホ制度を所管する消費者庁の調べでは、疾病リスク低減表示の許可件数は30品目(失効済み品目除く)にとどまる。そのうえ、許可実績があるのは「カルシウムと骨粗しょう症」のみだ。「葉酸と胎児の神経管閉鎖障害」に関しては、過去、許可申請を行った企業が1社あったものの、審査途中で自ら申請を取り下げたとされる。

 一方、疾病リスク低減表示トクホは、国が基準を定めた2種類以外についても企業が独自に許可申請を行えるように以前からなっている。しかし、その仕組みを通じて許可された例はこれまでなく、同庁によると、そもそも企業からの申請が過去1件もなかった。

 疾病との関係を表示できるにもかかわらず、かように利用されてこなかったのが日本における疾病リスク低減表示の実相である。

 それに加えてトクホそのものに対する企業の意欲が大きく低下している現実もある。背景にあるのは機能性表示食品に対する企業意欲の高まりだ。

低迷のトクホ 起死回生狙う
 機能性表示食品制度が2015年4月に施行されて以降、トクホの許可件数は明らかな減少曲線を描いており、同庁によると、2019年度は計23件にまで低下した。

 ピーク時は年間140件超の許可件数を記録していた中で、トクホ制度の運用が始まって間もない1990年代後半の水準にまで落ち込んだことになる。最近では、可能な機能表示が限定的なトクホに見切りをつけ、国に表示を許可されたトクホから事業者責任に基づく機能性表示食品への「鞍替え」を図る動きまで見られている。

 こうした状況に強い危機感を抱いたのが、「トクホ普及推進団体」の性格も色濃い業界団体、日本健康・栄養食品協会だった。

 日健栄協は2019年4月、トクホの「有効活用と制度の発展について」と題した要望書を消費者庁長官に提出し、疾病リスク低減表示トクホの表示拡充などを要求した。機能性表示食品では不可能な疾病リスク低減表示を拡充することで、トクホが健康食品市場で生き残る道を拓こうとしたといえる。

 一方、トクホ制度を所管する消費者庁も、日健栄協と同様の危機意識を持っていたとみられる。機能性表示食品制度の所管も同庁だが、食品の機能性表示を認めている保健機能食品における上位制度が、その下位制度に食われかねない現実は、同庁としても受け入れ難かったに違いない。

 日健栄協の要望に対して当時の岡村長官は、定例会見で「私どもとしても大変納得するところもある」などとコメントして理解を示した。

 そして、疾病リスク低減表示トクホの拡充を視野に入れた調査事業などに関わる予算を計上した上で、日健栄協に委託する形で諸外国の疾病リスク低減表示制度を調査するなどの下調べを実施。その上で昨年12月、「特定保健用食品制度(疾病リスク低減表示)に関する検討会」の立ち上げを公表し、同25日、第1回会合を開くことになる。

〝今後の運用〟検討会 結論いかに
 疾病リスク低減表示検討会は現在、第2回(1月22日開催)まで進んでいる。
 検討会の主旨は、2005年の運用開始以来、特段の見直しを行ってこなかったトクホの疾病リスク低減表示について、諸外国の同様の制度も踏まえつつ今後の運用を検討する──というもの。総勢13名で構成される検討会の座長には、国の食事摂取基準の策定に深く関わっていることで知られる佐々木敏・東京大学大学院医学系研究科教授(社会予防疫学分野)が就いた。

 疾病との関係に直接言及するだけに、疾病リスク低減表示の運用は諸外国でも極めて厳格かつ慎重とされる。米国では、現在までに表示が許可された疾病と食品あるいは食品成分の関係は10種類余りにとどまる。およそ30年前から疾病リスク低減表示を導入しているにもかかわらずだ。

 米国の疾病リスク低減表示は、「決定的なエビデンス」がなければ許可されないとされており、1999年、あまりの厳格さにFDAを相手取った訴訟が提起された。その結果、決定的なエビデンスがなければ表示を認めないのは違法であるとする判決が下され、エビデンスを踏まえて「条件付き」で疾病リスク低減表示を認める新たな制度が導入されることになった。しかし同制度においても表示が拒否される事例が出ている。

議論3回で了それで十分か
 かように疾病リスク低減表示の取り扱いが難しい。しかしその一方で、今回の検討会は、疾病リスク低減表示の今後の運用について、わずか3回の会合で結論を導き出す。

 次回、3月に予定されている第3回までに消費者庁で案を取りまとめ、各委員からの合意を取り付ける。結論を出すのは、今後の運用の「方向性」までにとどまるが、疾病リスク低減表示を拡充するにはトクホ制度そのものを見直す必要性を指摘する声も上がる中で、本質的な議論がなされないまま検討会は終わるとみられる。

 今後の運用の方向性の取りまとめ結果に応じて、同庁は来年度以降、カルシウム、葉酸に続いて疾病リスク低減表示を認める新たな関与成分の基準などについて、具体的な検討を行う方針を示している。新たな関与成分の候補は、米国・カナダ・欧州で認められている疾病リスク低減表示の実例を踏まえる形で提示しており、この中のいくつかが来年度以降の具体的な検討事項に引き上げられていきそうだ。
 ただ、疾病リスク低減表示が可能な新たな関与成分が多少増えたところで、企業の制度活用が広がるか疑問視する見方もある。

 そのためか、検討会委員を務める日健栄協の矢島理事長は、第2回検討会で独自案を提案。「120/80mmHGを超えた血圧は脳心血管病のリスクが高くなります(=定型文)。本品は△△を含むので、血圧が高めの方に適した食品です(=既許可表示)」といった、既許可トクホの表示に対して定型文を付加する新たな疾病リスク低減表示の導入を訴えた。

 定型文については、医学会のガイドラインなどで示されている「診断に用いるバイオマーカー」と「疾病リスクの関係」が「公知の事実」になっていることを踏まえるなどとした。矢島氏はまた、この新たな疾病リスク低減表示を望む既許可トクホについて、「(新たな表示に)一律移行してはどうか」とも提案した。

 既存トクホの多くを疾病リスク低減表示トクホに引き上げるねらいとみられるが、「無理筋だ」とする見方は業界内からも上がる。また、一般消費者が誤認・誤解する可能性などを理由に、矢島氏の提案に明確に反対する意見が他の委員から上げられており、トクホの起死回生を図る日健栄協のねらいが実現するかは極めて不透明だ。

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