日出づる機能性 日沈むトクホ 残される制度 企業に重責 (2021.4.8)


安全性の確保・品質管理 国は関与しない
 機能性表示食品の届出件数が年間1000件に達せんとするなか、特定保健用食品(トクホ)の2020年度の年間許可件数はわずか1ケタ台にとどまった。活用される制度として、レームダック(死に体)の領域に足を踏み入れたといえる。トクホは日本で生まれて世界の範にもなった食品の機能性表示制度だが、今後、息を吹き返すことはあるのだろうか。逆に言えば、トクホのない機能性表示食品の世界だけでやっていけるのか。そろそろ真剣に考える必要がある。

 「特定保健用食品 3338億円(前年比5.1%減)」
 「機能性表示食品 3349億円(前年比25.9%増)」
 市場調査会社の富士経済が3月22日公表した2020年の国内保健機能食品市場に関する調査結果だ。機能性表示食品がトクホの市場規模を追い抜く見込みだとする。

 特に驚きはないだろう。業界関係者であれば、早晩そうなることは容易に予想できたからだ。
 機能性表示食品制度は2015年4月に施行された。制度施行以来の届出総数は現在までに3900件を超え、4000件に迫る(4月5日時点。取り下げ済みの届出も含む)。

 それに対し、30年前の1991年に制度施行されたトクホの累計許可件数は1000件余りにとどまりながら横ばいで推移している。

 また、実際に販売されている品目数を見ると、機能性表示食品は1700品目余であるのに対して、トクホは300品目余(19年度時点)とみられている。機能性表示食品がトクホの市場規模を凌駕するのは必然だった。
 国のお墨付き(許可)が得られていることを訴求できる日本で唯一の保健機能食品がトクホである。

 一方、機能性表示食品は、一定の科学的根拠が得られていることを前提に、届出者である企業等が自己責任で食品機能を表示しているにすぎない。

 そのように両制度の間には埋めようのない隔たりが存在するが、今、食品関連事業者にとって利用したい制度はトクホではない。そのことは直近の届出件数、許可件数を見ると一目瞭然である。

 機能性表示食品の2020年度における届出総数は4月5日時点で累計982件に上る。「届出日」上では20年度はまだ終わっておらず、近く、過去に例のない年間1000件台に達す。新型コロナ下で事業活動の停滞を余儀なくされた中でも、届出に向けた意欲は衰えないどころか逆に高まった感がある。

 トクホはどうか。消費者庁が先月末までの20年度内に公表した新規許可件数は5社8件。
 そのうち4件は花王が申請した関与成分(α‐リノレン酸ジアシルグリセロール)を同一とする食用油のシリーズ製品であり、実質的な許可件数はわずか4件にすぎない。

 トクホの表示許可第1号が出たのは93年だったが、同年の許可件数は計6件。ここ数年、許可件数は減少傾向にあったとはいえ、遂に、制度施行当初の水準以下まで先祖返りする形で落ち込んだことになる。

 「日出づる」機能性表示食食品に対して「日沈む」トクホ。そうした構図が出来上がったのは、食品関連事業者にとって、また研究開発で分があるサプリメント・健康食品を手掛ける製薬関連企業にとってさえ、トクホよりも機能性表示食品の方が遥かに使い勝手のよい制度だったからに他ならない。

 費用と時間がかさんで膨大なコストのかかるトクホの課題を解消する目的もあって設計された制度であるのだから当然と言える。

 しかしそれだけではない。トクホでは許可される可能性の薄いヘルスクレームが機能性表示食品だと届出できる「逆転現象」が、制度としての使い勝手をさらに高めることになった。

 科学的根拠を背景にした届出の工夫次第で、トクホではハードルの高いダブル、トリプルのヘルスクレームも比較的容易だったことも大きかったに違いない。制度のふたを開いてみれば、トクホよりも訴求力の強い「表示」を行えるのが機能性表示食品だった。

 表示とは、消費者との主要なコミュニケーションツールである。合理的根拠がなければ暗示でさえ厳しく取り締まられる一般健康食品は、そのツールの使用が事実上禁じられている。

 その中で企業が表示の手段を求めるのは必然だが、大半の食品関連企業では今、トクホの手段を採用することはほとんど眼中にない。機能性表示食品制度が内包する、企業にとっての使い勝手の良さと経済合理性の高さに、国のお墨付きは屈したことになる。

 「トクホ(制度)は終わった」。そんな声が業界関係者から聞かれたのは、昨年末から先月まで計3回の会合が開かれた「トクホ(疾病リスク低減表示)に関する検討会」が終わった時だった。

 世界的にも、食品機能表示の最高位に位置づけられているのが疾病リスク低減表示制度。日本ではトクホ制度に組み込まれているが、その充実化を図ることでトクホ制度の存在意義・価値を再浮上させる狙いが国にもあった。

 しかし検討会が最終的に示した見解は「そうは問屋が卸さない」だったと言える。疾病リスク低減表示の拡充以前に、トクホ制度全体のあり方を改めて検討するよう提言した形だ。

 あり方を見直すことで、消費者と企業の双方にとってより良い制度に生まれ変わるのであれば、歓迎できる。

 しかしそうなるまでに、どれだけの時間を要することになるかは推して知るべし。その間、トクホ制度の現状はほとんど何も変わらず、新たなヘルスクレームの実現に向けた企業の研究・開発意欲とチャレンジ精神は、経済合理性も高い機能性表示食品に向かい続けることになる。

 トクホは、機能性表示食品に先んじて、昨年から公正競争規約の運用が始まった。だが、トクホに注力してきた企業でさえその意義をさほど見いだせていない中では、当面、トクホ制度の再浮上は不可能であると考えるのが妥当だろう。その意味で、前述の「トクホ制度は終わった」の業界関係者の見解は間違っていまい。

 トクホ制度が「終わる」。そのことは、日本の食品機能表示制度の最上位に、機能性表示食品制度が実質的に君臨することを意味する。

 ただ、それが正しいことかどうかは議論の余地があるのではないか。安全性、そして品質までも含めて国がほとんど関与しない食品機能表示制度は世界的に見ても稀だからだ。

 食品の機能表示制度では安全性と品質が機能性よりも重要視される。それほどに重い2つの概念に対する責任を企業、ひいては業界として一身に受け止める必要のあるのが機能性表示食品制度だ。

 そのようにリスクの高い制度を実質的に最上位に戴く形で食品機能表示を運用していくことは、世界的に見てもチャレンジングな取り組みとなるだろう。食品機能(第3次機能)の本質でもある疾病リスク低減表示を含め、トクホ制度を「終わらす」ことは、国にせよ業界にせよ、相当の覚悟が求められる。



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