医療現場から問いかける 上昌広特任教授(2014.8.21)
機能性表示の新制度発足や、医療機関のサプリメント販売の全面解禁など規制緩和の動きが具体化してきた。医療現場の受け止め方はどうか。医療ガバナンスが専門で、臨床医としても現場に立つ東京大学医科学研究所の上昌広特任教授に聞いた。(聞き手=本紙編集委員・小野貴史)
事業者の自主規制でよい
――消費者庁の検討会が食品の機能性表示に関して、安全性や機能性の科学的根拠を満たせば機能性の表示が可能という報告案を取りまとめた。どう評価しているか
「そもそも機能性表示について、国が関与することが適切なのかどうかが疑問だ。国は規制をしたり、お墨付きを与えたりしない方がよいと思う。健康食品やサプリメントはあくまで食事を補完するものなのだから、パブリックな常識で良し悪しを判断するのが本筋ではないのか」
「食品の機能を国に認可してもらおうという制度そのものが不自然である。この問題の根底には、安全性を声高にクローズアップすることで、省庁の権益を確保するという意図が見え隠れしている印象も否めない」
――事業者の自主規制に委ねてもよいのか
「表示は事業者の自主規制でよいと思う。かりに健康被害が生じたり、虚偽表示問題が起きたりしたら、その都度法的に対処するというように自由な市場にした方がよい。ノバルティス社は臨床研究の論文データ操作問題とは別に、薬事法違反で厚生労働省に刑事告発された。不正行為にはこれと同じように対処すればよい」
――新たな表示制度では臨床試験の実施が求められる方向だが、中小メーカーにとってはハードルが高く、かえって規制強化にならないか
「それ以前に、はたして食品の臨床試験でどこまで有意性の差を見出せるのか。抗ガン剤の臨床試験ですらなかなか有意性の差がつかないのに、生命に直結しない食品分野で、どこまで明確な差を科学的に見出せるのか。臨床結果を無理に求めることには意味がないと思う」
――今年6月、医療機関におけるサプリメント販売が経営基盤強化を理由に可能であると閣議決定した。医療機関はサプリメント販売にどんな姿勢を示しそうか
「サプリメントの売上は商品単価から考えて、医療機関の経営に寄与する水準にはなり得ない。医療機関が収益力を強化するには、診療体制や診療の質を高めることに尽きる。医療機関のサプリメント販売に一部規制がかけられていたことは問題だったが、医療機関が物品販売に過度に力を入れることには、みずからのブランド価値を下げてしまう懸念もある。閣議決定による解禁に対して、サプリメントメーカーはあまり期待しない方がよいのではないか」
――そのなかで、医療機関を新たな販路として期待しているメーカーには何が求められてくるか。
「医療機関を相手にするには、機能性を証明する正しい臨床データの提示が不可欠だ。しかし医薬品と違って、サプリメントは莫大な収益を見込めないから、臨床試験も低コストで実施しないと採算が取れないだろう。従来の方法とは異なる新たな臨床試験の方法を業界で考え出すことが必要だ」
サプリも個別化対応が必要
――医療用サプリメントの開発・普及も進んでいるが、現場での評価は?
「私は医療用サプリメントを使用していないし、私の周辺でも使用している医師がいないので評価は分らない。医療用サプリメントには総合ビタミン剤が多く見受けられるが、医師が総合ビタミン剤を取り扱う必要があるのか。さらに価格を見ると、高額すぎる商品もある。ほとんどの患者は金額の適正水準を知らないだろうが、プライシングに改善の余地があると思う」
――臨床医としては、患者にサプリメントの使用をどのように説明しているのか
「妊娠早期の患者には貧血症が多い。ダイエットを意識しすぎた食生活が原因で鉄分が不足しているからだ。母体だけでなく胎児にリスクが及ばないように、こうした患者には鉄分の不足をサプリメントで補給することを勧めている。またサプリメントではないが、大腸ガンの術後の患者には漢方の大建中湯(だいけんちゅうとう)を勧めている」
「一方、サプリメントを常用している患者に相談されても、副作用がない限り止めることはしない。医学的な効果を期待できなくとも、本人が望みを持って常用しているのだから、気持ちを沈ませることはしたくない。副作用がないのなら常用してもよい」
――サプリメントメーカーに何を期待するか
「サプリメントも医薬品と同様に、個別化対応が必要だ。本人の症状や体質、既往歴、生活習慣などから、どんな摂取の仕方が望ましいのかを個別に説明する仕組みが求められる」
<かみ・まさひろ。1968年兵庫県出身。東京大学医学部卒業。都立駒込病院、虎の門病院、国立がんセンター中央病院などを経て2005年より現職。医学博士。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、医療ガバナンス論>